パーソン・ファーストとアイデンティティ・ファースト:障害をどう捉えるか?

障害に関する表現には「パーソン・ファースト」と「アイデンティティ・ファースト」という2つのアプローチがあります。これは、障害を持つ人々をどのように言い表すかという方法論であり、人としての尊厳や個性をどのように伝えるかに深く関係しています。今回は、この2つの考え方をわかりやすく説明し、それぞれの背景や意義について掘り下げていきます。
パーソン・ファーストとは?
「パーソン・ファースト」(Person-First)は、まず「人」であることを強調し、その後に障害の情報を付け加える表現方法です。この考え方のポイントは、障害がその人を定義するものではなく、その人の一部に過ぎないという視点です。
● 例
- 「障害のある人」
- 「発達障害を持つ子ども」
これらの表現では、「人」や「子ども」を最初に挙げることで、その人をまず個人として捉えることを意識しています。
● なぜ重要なのか?
パーソン・ファーストは、障害当事者を「その障害を持つ人」という視点だけで捉えず、多面的な存在として見るために生まれました。たとえば、視覚障害を持つ音楽家について考える際に、彼らの「音楽家としての才能」にも目を向け、障害以外の側面を尊重する姿勢が重要です。この表現方法は、障害当事者の人間性や尊厳を守り、彼らを一面的に捉えない社会を目指しています。
アイデンティティ・ファーストとは?
「アイデンティティ・ファースト」(Identity-First)は、障害をその人の重要なアイデンティティの一部と捉え、それを最初に挙げる表現方法です。障害がその人の個性や経験の重要な一部であり、誇りやアイデンティティとして肯定的に捉えられることもあります。
● 例
- 「自閉症の人」
- 「ダウン症の人」
これらの表現では、「自閉症」や「ダウン症」がその人を形作る要素の一つとして認められています。
● なぜ重要なのか?
アイデンティティ・ファーストの考え方は、障害を持つことを否定的に捉えるのではなく、肯定的な側面として受け入れています。特に当事者の中には、自身の障害を個性やアイデンティティの一部として大切にしたいと感じる人もいます。この場合、「アイデンティティ・ファースト」が自然で心地よいとされることが多いのです。
どちらを使うべきか?
「パーソン・ファースト」と「アイデンティティ・ファースト」、どちらが正しいかを一概に決めることはできません。重要なのは、その人の個人的な意向や背景を尊重することです。
たとえば、ある人は「障害のある人」と呼ばれることで「自分は人間として見てもらえている」と感じるかもしれません。一方で別の人は「自閉症の人」と呼ばれることで「自分のアイデンティティを認めてもらえている」と思うこともあるでしょう。
このため、障害当事者に関する表現を選ぶ際には、本人がどちらの言い方を好むのかを確認することが大切です。
障害はその人の「一部」である
「障害はその人の一部でしかない」という表現には、障害当事者をその障害だけで定義しないという重要な意味が込められています。
たとえば、視覚障害がある人を考えてみましょう。その人には、趣味、夢、性格、家族との関係、社会での役割など、多くの側面があります。視覚障害はその人を形成する要素の一つであり、全てを決定づけるものではありません。
障害当事者をその障害のみでラベル化すると、彼らの他の多くの側面を見逃してしまいます。彼らの特性や可能性を尊重し、多面的に捉えることが求められるのです。
歴史的背景:なぜ「パーソン・ファースト」が生まれたのか?
「パーソン・ファースト」の考え方は、1960年代から1970年代の障害者権利運動の中で生まれました。この時期、障害当事者が社会で平等に扱われるための運動が盛んになり、彼らを「人」として尊重する必要性が広く認識されました。
● 1970年代:理念の始まり
アメリカを中心に、教育機関や福祉団体が「まず人間を見よう」というメッセージを発信し始めました。この流れの中で、障害を持つ人を「個人」として尊重する表現が広がりました。
● 1980年代:普及期
1980年代には、リハビリテーション法やアメリカ障害者法(ADA)の成立を契機に、「パーソン・ファースト」の理念が正式に広がりました。教育現場やメディアで推奨されるようになり、障害当事者の多面的な存在を認識する文化が形成されました。
● 現在の状況
21世紀に入り、国際的にも「パーソン・ファースト」が広く認知されるようになりました。障害当事者の多様性を尊重し、個々の人間として扱うことが当たり前になりつつあります。
おわりに
障害に関する表現を選ぶことは、単なる言葉遣い以上に、その人をどう捉え、どう尊重するかという姿勢を表しています。「パーソン・ファースト」と「アイデンティティ・ファースト」のどちらを使うべきかは状況や当事者の意向次第ですが、どちらの考え方も人間性への配慮を中心に据えたものです。
障害当事者をその障害だけで捉えるのではなく、彼らの多面的な個性や可能性を尊重する姿勢を持つことが、より良い社会づくりの第一歩となるでしょう。